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(7月19日)東宝ミュージカル「レディ・ベス」大阪公演初日ソワレ観劇 [レディ・ベス]

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 7月19日、梅田芸術劇場で公演中のミュージカル「レディ・ベス」大阪公演ソワレを観劇してきた。このソワレが大阪公演の初日に当たり、この作品のハイライト版CDの発売日であることもあり、開場前から大勢の観客が詰めかけ、開場後直ちに公演プログラム、グッズ、CD売り場は約20分待ちの長蛇の列となった。

 座席は1階S席の後ろから2列目の上手の一番端の座席であった。良席ではないがオペラグラスを使えば、特に支障はなかった。

 この作品はイギリス女王エリザベス1世の即位するまでの人生を描いたものであり、これまで、エリザベートやモーツァルト他の歴史上の人物の生涯をミュージカル化してきたミヒャエル・クンツェ、シルベスター・リーヴァイの両者の手による最新作である。本来は、ウィーン・ミュージカルのジャンルに当たるが、今回世界初演の地として日本が選ばれ、4月・5月の東京公演の後、この日大阪公演の幕が開いたことになる。

主なキャストは、
レディ・ベス:花總まりさん
ロビン・ブレイク:加藤和樹さん
メアリー・チューダー:吉沢梨絵さん
フェリペ:古川雄大さん
ロジャー・アスカム:石丸幹二さん
アン・ブーリン:和音美桜さん
キャット・アシュリー:涼風真世さん
シモン・ルナール:吉野圭吾さん
ガーディナー:石川禅さん
であった。

 初日ということもあり、プリンシパルはもちろんのこと、アンサンブルに至るまで鋭気に満ちているように感じた。

 楽曲は「エリザベート」や「モーツァルト!」程も、この曲が聴かせ処なのだと明確に分かるような部分はないように感じた。メリハリが薄いとも言えるが、その分、脇役同士の掛け合いなど思わぬところで迫力ある歌唱を聞くことが出来た。また、全体に聴かせ処が分散されていると考えれば、歌唱力を重視したと思われるキャストの布陣には大いに頷けた。

 各キャストについての感想であるが、
レディ・ベスを演じる花總まりさんであるが、実のところ今日は彼女を観に行ったといっても過言ではない。これまで映像でしか観たことがなかったため感無量であった。1996年の「エリザベート」日本初演のタイトルロールであり、いまだ伝説のエリザベートと呼ばれる彼女だけあって、役に良くはまっておられた。終盤、メアリーとの和解の場面以降は目に涙を浮かべる場面が散見された。

メアリー・チューダーを演じる吉沢梨絵さんは、以前、劇団四季の「夢から醒めた夢」のピコ役で観ている。その際の溌剌とした演技と圧巻の歌唱は、今なお印象に鮮明に残るところである。そんな彼女が悪役を演じると聞いて始めは半信半疑であったが、正直なかなか堂に入っていると感じた。有無を言わせぬ威圧感はないが、そういう選択肢を選ばざるを得なかったメアリーの信念というか無念を感じることは出来た。終盤は涙ながらの熱演であった。
なお、メアリー・チューダーと言っても誰のことか分からない方も多いであろうが、いわゆる「ブラッディー・メアリー」と呼ばれる人物である。

ロジャー・アスカムを演じる石丸幹二さんは、毅然として凛々しい在り方が彼の歌声にも良く合っていた。狂言回しとしての部分もあり、また、物語全般にわたってレディ・ベスを見守り導く役どころでもあることから、以前に観たジキル&ハイドのタイトルロールとは対照的に映った。

アン・ブーリンを演じる和音美桜さんは、その美声が冴えていた。処刑されたアン・ブーリンが潔白であったことを、語らずして歌声が物語っているようにも感じた。

シモン・ルナールの吉野圭吾さんとガーディナーの石川禅さんについては、楽曲「ベスを消せ」における掛け合いが圧巻であった。物語の本筋ではないものの全幕の中で最も盛り上がった場面と言うことが出来るだろう。


 作品全体としての感想であるが、「エリザベート」おけるトート、「モーツァルト」におけるアマデの役割をこの作品ではロビン・ブレイクが担っている。トートにおいては、エリザベートの死への憧憬やハプスブルグ家に忍び寄る破滅の予兆の象徴であり、アマデにおいては、モーツァルトを呪縛する幼少期の栄光の象徴であった。それでは、この作品におけるロビンは何を象徴するものなのか。おそらくは、人が人として生きるために必要なあらゆるものの象徴なのではないかと感じた。それは自由であり、愛であり、本来、人が人並みの営みを続けていれば、それなりに享受し得るものばかりであるが、国を治める星の下にうまれたレディ・ベスにはままならないものばかりなのだ。この物語の最期に即位の時を迎えるベスの表情には決意が浮かぶが、決して晴れやかなものではない。オペラの影響を強く受けているウィーン・ミュージカルにおいては、終幕に死を描くような悲劇的な結末が多いのだが、この作品では死ではなく、人として生きるために必要なあらゆるものをあきらめながら国を治める重圧の中で生き抜かねばならない若きベスの姿を描いている。ある意味において、死よりも過酷で悲劇的な結末と言う他はない。
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